親の遺産、夫に渡したくない場合の対処法と財産分与の対象となるケース
離婚時や自分の死後、なんらかの理由から、親から相続した遺産を夫に渡したくない、夫に渡さないまま子や孫に引き継ぎたいと考える女性は、実は少なくありません。
基本的に、親から相続した遺産は相続人の特有財産として扱われるため、原則財産分与の対象にはなりません。ただし、相続した遺産の管理や運用等の状況によっては共有財産とみなされるケースもあります。
今回は、相続した親の遺産が財産分与等によって夫の手に渡るケースや、そうならないための対処法をご紹介します。親から相続した遺産を夫に渡したくない方は、ぜひ参考にしてください。
相続した親の遺産は財産分与の対象外
相続した親の遺産は、原則、離婚による財産分与の対象外です。
財産分与とは、婚姻期間中に夫婦が共同で築いた共有財産を分け合うことを指します。
例えば、夫の収入からの貯蓄でも、妻が家事育児を担い夫を支えていた場合は、夫婦が協力して貯めた「共有財産」として考えられます。
対象となるのは、以下のような財産です。
- 婚姻期間中に購入した不動産
- 婚姻期間中の現金貯蓄(退職金含む)
- 婚姻期間中に購入した有価証券
- 婚姻期間中に加入した生命保険の解約返戻金 など
親から相続した遺産は特有財産とみなされる
離婚時に財産分与の対象となる共有財産と判断されるポイントは
- 婚姻期間中
- 夫婦の協力があって築いた財産
という点です。
このポイントに照らし合わせると、親から相続した遺産は必ずしも「夫婦で築いた財産」とは言えないため、相続した本人の「特有財産」とみなされます。
そのため、親の遺産は、共有財産を分け合う財産分与の対象とはなりません。離婚時に、親からもらった相続財産が夫の手に渡ることは原則ないでしょう。
共有財産とみなされ夫に渡るケースも
相続した親の遺産は原則相続人の「特有財産」とみなされますが、例外的に共有財産と判断されるケースがあります。たとえば夫婦で協力し、相続した不動産の資産価値が増加した場合や、財産管理を共同で行っていた場合など「婚姻期間中に協力して財産管理・維持」した場合には共有財産となります。
親の遺産が夫の手に渡らないようにするためには、共有財産とみなされないように管理することが必要です。
親の遺産が財産分与の対象となるケース
親の遺産が財産分与の対象となるケースについて、いくつかご紹介します。夫の手に渡したくない場合は、このケースにあてはまらないように注意が必要です。
- 相続した財産を夫婦共同で管理していた場合
- 夫の管理で親の相続財産の資産価値が増えた場合
- 親の遺産を夫婦の共有口座に入れて使っていた場合
- 自分の親と夫が負担付死因贈与契約を結んでいた場合
- 夫が特別寄与料を請求した場合
- 親の遺産を相続した自分が他界した場合
相続した財産を夫婦共同で管理していた場合
親から相続した財産を夫婦共同で管理していると、共有財産とみなされ財産分与の対象となるケースがあります。具体例を3つご紹介します。
- 相続した土地に共同で建物を建てた
- 相続した物件を共同で修繕・管理していた
- 相続した事業施設を共同運営していた
相続した土地に共同で建物を建てた
相続した土地に夫婦共同の名義やペアローン等で建物を建てた場合は、その建物は財産分与の対象になる可能性があります。
その場合、親から相続した遺産である土地は「特有財産」とされ、共有財産とはみなされません。建物のみ財産分与の対象となります。
直接的に親の遺産が夫の手に渡ることはありませんが、建物が共有財産とみなされると、財産分与時の扱いが難しくなります。
相続した物件を共同で修繕・管理していた
相続した物件を夫婦共同でお金を出し合い修繕・管理していた場合も「共有財産」とみなされるケースがあります。
たとえば、妻が親から相続した賃貸物件を夫の資金で修繕し、夫婦で管理していた場合が該当します。実際に、不動産の管理・修繕に必要な費用や労力を配偶者が負担したことによって、その不動産価格の一部を財産分与として認められた判例があります。
相続した物件を一部でも夫に渡したくない場合、維持・管理に配偶者の協力を得るかは慎重に判断する必要があります。
相続した事業施設を共同運営していた
親から相続した事業施設を夫婦で共同運営していた場合、財産分与の対象となる可能性があります。
特に、配偶者の協力のもとに事業価値が向上した場合や、事業の維持に配偶者の貢献割合が高い場合には共有財産として判断されやすくなります。
事業価値の維持・向上に対して、夫がどの程度かかわっていたかが判断のポイントになります。
専業主婦の方など自分の親から相続した事業にあまり関わりを持っていない方の場合、その事業に対する夫の具体的な貢献度を判断しづらいケースも少なくありません。迷う場合は弁護士など専門家への相談がおすすめです。
夫の管理で親の相続財産の資産価値が増えた場合
妻が親の遺産を相続し夫の管理下で相続財産の資産価値が増えた場合、夫が資産価値の増加に貢献したとして財産分与の対象になり、一部が夫の手に渡るケースがあります。
例えば、親から株式などの投資商品を相続し、夫が運用していた場合などが該当します。
知識がないから、面倒だからという理由で任せてしまう方は少なくありません。
ですが、実質的な管理や運用を夫に任せてしまうと離婚時に共有財産として認められる可能性が高くなるため、親の遺産を夫に渡したくない場合は運用時にも注意が必要です。
親の遺産を夫婦の共有口座に入れて使っていた場合
親から相続した遺産を夫婦の共有口座に入れて使っていた場合、財産分与の対象となる場合があります。
財産分与時に、親から相続した遺産を超える金額が共有口座に残っている場合は特有財産として主張は可能です。ただし、離婚相手が共有財産だと主張した場合には、遺産の分が預貯金に含まれており、それが自分の特有財産であることを証明する必要があります。
生活費や趣味などのために出金した原資がどちらから出ているかがはっきりしない場合は、親から相続した遺産も含めて共有で管理・利用していた「共有財産」として財産分与の対象になる可能性が高くなります。
夫に遺産を渡したくない場合、夫婦で管理している共有口座に入れるのは悪手と言えます。
自分の親と夫が負担付死因贈与契約を結んでいた場合
自分の親と夫が負担付死因贈与契約を結んでいた場合、契約内容に基づき夫が親の遺産の一部を相続する可能性があります。
負担付死因贈与契約とは、贈与を受ける人に何らかの負担を課すことを条件に、自分の死後に遺産を贈与するという契約です。
よくある負担付死因贈与契約の一例としては「自分の死後にペットの面倒をみてほしい」「同居して面倒をみてほしい」等があります。
夫と親の「贈与契約」で、遺言書より実効性が高い
この契約は贈与をする側、受ける側相互の合意の下で結ばれるものです。遺言書よりも実効性が高く、契約を無視して遺産相続を進めることは原則できません。法定相続人が全員反対をしていたとしても、契約の一部またはすべてが履行された場合は取り消しも不可能です。
しかし、逆に言えば負担付死因贈与契約が交わされていた場合であっても、負担に該当する行為が全く生じていなかったのであれば、契約の取り消しが可能です。
親の遺産を夫に渡したくないのであれば、負担付死因贈与契約が交わされそうな心配事に関して、生前から対策が必要です。
夫が特別寄与料を請求した場合
夫が妻の親に対しての特別な貢献を無償で行っていた場合は「特別の寄与の制度」により、遺産の特別寄与が認められます。親の遺産を夫に渡したくないと考えていても、夫が妻の実親に対して特別な貢献を行っていた場合、夫の手に遺産の一部が渡る可能性があります。
具体的には、療養看護、介護などを負担した、もしくは妻の親の財産を維持・増加するような特別の寄与をしたことが「無償」で行われていたことが証明できれば、夫が特別寄与料を請求することが可能です。
特別寄与の請求に関しては、詳細な貢献の様子が記された日記やメモ、関連するレシートなどがあれば、遺言状がなくても請求ができます。
ただし、特別寄与料は請求期間が短く、下記のいずれかの期間のみ請求可能です。
- 相続の開始及び相続人を知った時から6か月以内
- 相続開始から1年以内
介護報酬基準額を参考に計算するケースが多い
特別寄与料の計算は介護報酬基準額を参考にして計算される場合が多いですが、当事者間で納得のいく金額が決まった場合はその限りではありません。
介護報酬相当額が参考にされる場合は
寄与料=介護報酬相当額(5,000円~8,000円)×介護日数×裁量割合(0.5~0.9)
という式で計算されるケースが多くあります。夫が介護等に関わった日数が多いほど、一般的には支払う金額も大きくなります。
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親の遺産を相続した自分が他界した場合
夫よりも自分(妻)が先に亡くなった場合は、原則妻の遺産が夫に相続されます。その際、生前妻の特有財産として扱われていた親の遺産も、相続の対象になります。基本的には、配偶者である夫は妻の遺産のうち法定相続分である2分の1の相続が認められます。
夫に親の遺産を渡したくないという理由で「実親の遺産はすべて子に相続させる」という遺言状を作成したとしても、配偶者である夫には遺留分を請求する権利があります。
そのため、親の遺産が遺留分を超える金額の場合は遺留分侵害になり、夫が遺留分減殺請求を行えば、法定相続分の2分の1相当の財産が請求可能です。
自分が先に亡くなってしまった場合は、相続の仕組み上遺産の一部が夫の手にわたる可能性は十分にあるため、親の遺産を夫に渡したくない場合は対処が必要です。
親の遺産を夫に渡したくない場合の対処法
妻の実親が亡くなった際、原則親の遺産が夫の手に渡ることはありませんが、状況次第では夫に実親の遺産が渡ってしまう可能性があります。
ここでは、親の遺産を夫に渡したくない場合にとれる対処法をご紹介します。
- 共有財産と分けて親の遺産と分かるように保管する
- 遺産分割協議書、親の遺言状等を保管しておく
- 遺言で財産の相続人を指定する
- 家族信託で夫以外の家族に財産管理・処分を任せる
- 遺贈や死因贈与で受贈者を指定する
- 相続廃除で配偶者の相続権をはく奪する
- 相続欠格者ならそもそも相続できない
共有財産と分けて親の遺産と分かるように保管する
離婚時の財産分与の対象となるのは、婚姻期間中に共同で築いた「共有財産」です。個人的な財産は「特有財産」とみなされ、対象となりません。
よって、財産分与時に親の遺産を夫に渡したくない場合は共有財産とは分けて保管・管理することが必要です。
現金の場合は、生活費を引き出す日常的に使用している口座とは別の口座に預金しておく方法があります。
不動産の場合は登記が妻の名義になっていれば原則問題はありません。その他金や宝石など資産価値があるものは相続した際リストにまとめておくなど、明確に親の遺産と婚姻期間中に購入したものとを区別して管理しましょう。
遺産分割協議書、親の遺言状等を保管しておく
離婚時の財産分与で親の遺産が夫の手に渡らないようにするには、親の遺産分の財産を「親から相続した遺産」かつ「妻の特有財産である」と証明することが大切です。
その方法のひとつとして、遺産分割協議書や親の遺言状等「何が妻に親の遺産として相続されたか」が明記されている書類を保管しておくことがあります。
実親の遺産と夫婦の共有財産を分けて管理した上でさらに証明できる書面があれば、親の遺産をより確実に財産分与の対象から外すことが可能です。
遺言で財産の相続人を指定する
夫に自分の死後実親の遺産を相続させたくない場合、遺言で財産の相続人を細かく指定することで回避できる方法があります。
「何を、誰に、どの程度」相続させるかを、遺留分を侵害しない範囲で指定することで、親の遺産に相当する分を夫以外に相続させることが可能です。
自分の死後相続では、夫に遺留分侵害額請求の権利あり
自分の死後、夫に対して遺留分よりも少ない財産を相続させようとした場合、夫は「遺留分侵害額請求」の権利があります。
よって、遺言状で実親の遺産を夫に相続させないように別の相続人を指定したとしても、親の遺産が遺留分を超える金額だった場合には遺留分を侵害したとして請求され、法定相続分の半分相当の金銭が夫の手に渡ります。
このような相続トラブルを防ぐためには、夫の遺留分を侵害しないような割合、もしくは侵害しない範囲で少し低い財産を指定することが必要です。
家族信託で夫以外の家族に財産管理・処分を任せる
家族信託を活用すれば夫以外の家族に財産の管理や運用・処分を任せることが可能です。
家族信託とは、信頼できる肉親に不動産などの財産を信じて任せる仕組みです。認知症による資産凍結を防ぐために活用されるケースが多くありますが、自分で管理が難しい不動産などの財産管理を特定の人に任せたい場合にも便利です。
家族信託を活用して親からの遺産の管理・運用に夫を関わらせなければ、離婚した際に「共有財産」とはみなされず、親の遺産が夫の手に渡る可能性が低くなります。
さらに、自分の死後は財産を管理する権利を子に渡し、運用益をもらう権利だけを夫に渡すといった形をとれば、すべての権利を夫に渡さずとも相続人たちが納得いく形で財産を管理できる可能性があります。
配偶者は遺留分の請求が可能な分、特に自分の死後に財産を夫の手に渡らないようにすることは難しいと言えます。
そのような条件下でも夫に親の遺産をすべて渡さないための手段として、家族信託はおすすめです。
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遺贈や死因贈与で受贈者を指定する
遺贈・死因贈与とは、法定相続人以外にも遺言などをもとに遺産を渡すことができる仕組みです。遺贈や死因贈与を活用すれば、自分の死後夫の手に渡る親の遺産を減らすことができます。
遺産を相続してもらう相手の承諾がある場合は死因贈与、承諾がない場合は遺贈となり相続時の税率が異なります。遺贈や死因贈与は、個人以外にも、団体や法人に対して行うことも可能です。
ただし、遺贈や死因贈与を活用する際も、トラブルを防ぐために遺留分を侵害しない範囲で行う必要があります。
遺贈・死因贈与は、自分の死後に生前世話になった個人へ財産を渡したいなどの希望がある場合に便利な仕組みです。
相続廃除で配偶者の相続権をはく奪する
配偶者が自分に対して虐待または重大な侮辱、その他著しい非行を繰り返した際は「相続
廃除」の仕組みを活用し、相続権をはく奪することが可能です。親の遺産を渡したくない事情が条件に該当する場合は、この仕組みを利用するのがおすすめです。
具体的には、下記の条件を満たせば家庭裁判所の審判をもって、相続権のはく奪か可能です。
- 日常的に家庭内暴力があった
- モラルハラスメントが繰り返し行われていた
- 恩を仇で返すような行為を繰り返し行った
- 犯罪行為を繰り返しており被相続人(妻)に迷惑をかけている
- その他家族間の共同関係を破壊する程度の行為があった場合
廃除が行われた後は、妻が許して取り消し請求を行わない限り取り消しはできません。
その分条件も厳しいものですので、廃除して夫の相続権をはく奪したい、親の遺産を夫に渡したくないと考えている際は実際に可能かどうかを弁護士にまずは相談してみてください。
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相続欠格者ならそもそも相続できない
相続欠格者とは、相続欠格事由に該当する行為を行い、相続人の資格がはく奪された者を指します。
夫が相続欠格者に該当する場合は、そもそも相続する資格がありません。よって、自分(妻)の死後も親の遺産が夫の手に渡る可能性はなくなります。
民法第891条に相続欠格事由が記載されており、次の5つが該当します。
第八百九十一条(相続人の欠格事由)
次に掲げる者は、相続人となることができない。
- 一 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
- 二 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
- 三 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
- 四 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
- 五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
引用元:民法 e-Gov 法令検索
これらに該当する場合、特別な手続きがなくとも、法律上相続人としての資格がはく奪されます。該当するような行為があり、相続させたくない場合にはそもそも欠格者として相続権がないため、親の遺産を渡したくない場合にも対策は不要です。
まとめ
親の遺産が夫に渡るか不安なら弁護士に相談を
親の遺産が夫の手に渡るか不安な場合、自分の死後や財産分与時に夫の手に渡る可能性があるため注意が必要です。
財産分与については、親から妻が相続した遺産は原則妻の「特有財産」であるため、離婚時に夫の手に渡ることはありません。
ただし、相続した後に親の遺産を共同で管理している場合や、夫が財産の管理・運用に貢献していたような場合には共有財産とみなされ財産分与の対象となる場合があります。
また、自分が亡くなった場合は、夫に親の遺産が相続される可能性があるため、夫に渡したくない場合は対策が必要です。
親の遺産を夫に渡したくない方、どうしたら対策できるか不安な場合は一度弁護士に相談してみてください。
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