人身事故の加害者への厳罰化が進む自動車運転死傷処罰法|交通事故の種類
- 監修記事
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佐藤 學(元裁判官、元公証人、元法科大学院教授)
人身事故を起こした加害者は、自動車運転死傷処罰法に基づき、刑事上の責任を問われます。違反行為をし、交通事故を起こした場合には、交通事故の種別と不注意の程度に応じて、基礎点数に交通事故の付加点数が加算され、内容によっては運転免許の効力の停止や取消しなどの処分を受けます。加害者の自賠責保険、任意保険から、被害者には治療費や慰謝料などが支払われます。
人が怪我したり、死亡したりした交通事故は”人身事故”
交通事故の分類方法は、“追突事故”や“正面衝突”、“出会い頭の事故”など、事故の発生状況を類型に分ける場合もありますが、法律や保険が絡んでくる分類方法となると、物損事故と人身事故に分けられることになります。
物損事故と人身事故は、単純に分ければ“物が壊れた”のか“人が死傷した”のかという簡単な判断で分類されます。
救急車や警察を呼ぶような事故はたいていの場合”人身事故”
救急車や警察を呼ぶような交通事故が起こった場合、普通は車が無傷だったなどということはありませんし、巻き込まれた人も傷ひとつ負わなかったということは考えられません。
車やガードレールなどの物は壊れたけど、事故に巻き込まれた関係者の中に、すぐ病院へ行かなければならないような重症者が出なかった場合には、物損事故として処理されるケースもあり得ます。
一方、事故に巻き込まれたことによって大きな怪我をした人や、最悪の場合は人が死んでしまった場合は、壊れた車や物に関係なく人身事故となります。
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人身事故を起こしてしまったら
交通事故では初期対応が重要です。冷静にはいられない状況ですが、しっかりした対応が後の補償交渉などを上手に進めるために必要です。
まずは救護措置と二次災害防止に尽力
被害者と、同乗者がいれば同乗者の怪我の有無を確認し、明らかな怪我がなくても事故の衝撃が大きく、強打したり圧迫されたりしている可能性があれば、すぐに119番に通報し救急車を呼びましょう。
救護措置を行わないひき逃げは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科せられ、より重い罪を背負うことになります。
二次災害の防止
自分が乗っていた車が動かせるならば、二次災害を防ぐために安全な場所に移動させます。やむを得ず車を道路上に止めておかなければならない状態ならば、ハザードランプを点滅させるとともに、発炎筒や停止表示器材などを置き、後続車が追突しないように対処しましょう。
110番で警察に連絡
交通事故が発生した際には、警察への報告義務があり、報告を怠れば加害者は3月以下の懲役又は5万円以下の罰金が科せられます。
なお、加害者が処罰を恐れて報告しないこともありますので、被害者からも必ず報告しておくことが大切です。
報告を怠った場合は、保険金請求に必要な交通事故証明書を取れなくなりますので、注意しましょう。
警察、加害者、被害者の三者で行うこと
明らかな怪我がない場合、物損事故にするか、人身事故にするかを判断します。
加害者としては、物損事故にしたいところですが、被害者の心情を慮ればその場で示談の交渉を進めることはおすすめできません。
警察官は、通常、事故直後に、事故現場の実況見分を行いますが、加害者又は被害者自身で写真などの記録を取っておくことも大切です。
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人身事故を起こしてしまった場合の責任
人身事故を起こすと、加害者は、一般に
- 行政上の責任
- 民事上の責任
- 刑事上の責任
の3つの責任を問われます。
行政上の責任~運転免許の効力の停止や取消しなどの処分
人身事故の加害者には、事故原因となった違反行為の基礎点数に、人身事故の付加点数が加算され、公安委員会から運転免許の効力の停止や取消しなどの行政処分が下されます。
付加点数は、人身事故を起こした場合に、人身事故(交通事故)の種別と不注意の程度に応じて、事故原因となった違反行為の点数に加算される点数です。
事故が専ら加害者の不注意によって発生したか否かにより、死亡事故は20点か13点、身体に後遺障害を伴う傷害事故は13点か9点などのように、損害と過失の重大さに応じて加算されます。
民事上の責任~損害を賠償する義務が生じる
人身事故を起こし、他人の生命・身体を侵害した場合、加害者には、これにより他人が被った損害を賠償する義務が生じます。
損害には、治療費、逸失利益、慰謝料などがある他、被害者に後遺障害が残り、後遺障害等級の認定がされた場合は多額の賠償額となります。
刑事上の責任~懲役、禁錮、罰金が科せられる
人身事故により他人の生命・身体を侵害した場合、加害者は、自動車運転死傷処罰法に規定される過失運転致死傷罪や危険運転致死傷罪などに問われ、懲役、禁錮又は罰金が科せられる可能性があります。
人身事故は、刑事事件として処理される
物損事故の場合は物が壊れただけで、被害者と加害者の間に発生するのは、損害賠償という民事問題だけです。しかし、事故によって怪我人や死亡者が出た場合、その事故は刑事事件として立件されることになります。
刑事事件といっても、被害者が死亡したり、危篤状態になったりしない限り、加害者がその場で逮捕されたとしても、実務上、勾留にまで至ることは余りありません。
交通事故の場合はほとんどが在宅捜査
交通事故の場合、加害者は在宅捜査と呼ばれる、基本的には普通にそれまで通りの社会生活を送りながら、警察や検察に呼び出されて取調べを受け、場合によっては起訴されて裁判を受け刑罰が下される、という流れになります。
厳罰化が進む自動車事故
自動車事故に関する処罰は厳罰化されています。2014(平成26)年5月から自動車運転死傷処罰法が施行され、交通事故の加害者となった場合に問われる罪はさらに厳しくなりました。
運転上必要な注意を怠り、被害者が死亡又は怪我した場合は「過失運転致死傷罪」となり、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金が科せられます。
また、より悪質で危険な運転による人身事故については「危険運転致死傷罪」(2条、3条)となり、危険運転致傷害罪(2条)の場合は15年以下の懲役、危険運転致死罪(2条)の場合は1年以上の有期懲役、危険運転致傷罪(3条)の場合は12年以下の懲役、危険運転致死罪(3条)の場合は15年以下の懲役がそれぞれ科せられます。
危険運転致死傷罪の主な態様
- アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態での走行
- 進行を制御することが困難な高速度での走行
- 進行を制御する技能を有しないでの走行
- 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に侵入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度での運転
- 赤信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度での運転
この改正は、飲酒運転や無免許運転のような悪質で危険な運転によって、重大な事故の発生が後を絶たないため、自動車の運転に対する社会の眼が厳しくなってきたことを受けて行われたものです。この法律施行により、運転手の安全意識向上も期待されるところです。
加害者が物損事故にしたがる理由
実際のところ、飲酒運転などの悪質な運転をした挙句の事故ではなく、初めての人身事故であれば、有罪となっても執行猶予がつく可能性が高く、いきなり加害者が刑務所へ入れられることは少ないと考えられます。とは言え、小さな事故でも、人身事故は刑事事件として処理されるため、前科となるのです。
任意保険で支払える損害賠償金なら、物損事故で済ませたいと思うのが普通でしょう。
保険会社は人身事故にしたがる?
交通事故を物損事故として処理した場合、ほとんどの場合は自賠責保険が使えないケースとなります。保険会社は、そうした事態を避けようと、被害者の怪我の程度が軽い場合でも、人身事故として処理しようとします。
そうした場合、被害者から警察に診断書が提出されれば、怪我の重さに関係なく、刑事事件になってしまうので、加害者は嫌がります。
警察は物損事故で済ませようとする傾向?
また、警察は、どのような怪我でも刑事事件として立件すれば、煩雑な実況見分や調書作成を余儀なくされるため、その場で怪我が確認されなかった場合や明らかに軽い怪我の場合には、物損事故で済ませようとする傾向が強いとも言われています。
三者三様の思惑が絡み合う現場での判断
被害者が明らかに怪我をしていて、救急搬送が必要な事故の場合は、物損事故扱いの余地がないため、何の迷いもなく、警察や保険会社は人身事故として処理するでしょう。加害者も、刑事事件として立件され、正式裁判で処罰されることに異論はないはずです。
しかし、怪我の程度が軽い場合であっても、警察が人身事故扱いで刑事事件として立件し、検察官が略式命令の請求をすれば、正式裁判は開かれずに、加害者は略式手続きで処理され、罰金刑で終わるのが一般です。加害者は、被害者と損害賠償の交渉をするする一方で、当然とはいえ、刑事事件でも責任を追及されることになるのです。
被害者は、最終的に民事裁判で勝訴したとしても、加害者が十分な保険に加入していなかったり、本当にお金を持っていない場合には、多額の賠償金は受け取れない可能性があります。
被害者は、人身事故の加害者への厳罰化とは別に、民事的な解決が必要になりますので、ご相談事があれば、法律の専門家である弁護士の助言を得るようにしましょう。
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