遺産分割前の相続預金の払い戻し制度とは?預貯金引き出しの条件と利用時の注意点
2018年の相続法改正により、遺産分割前に相続預貯金の払戻しができることになりました。払戻しには、金融機関窓口での手続と家庭裁判所の保全処分という2つの方法があります。この新制度には、相続人の負担軽減、生活資金確保というメリットがある反面、預貯金の使い方により相続放棄ができなくなるというデメリットもあります。
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遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度とは?
遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度とは、相続財産である預貯金について、遺産分割が終わる前でも、相続人による払戻しができるとする制度です(民法909条の2)。
2018年の相続法改正により新しく取り入れられた制度で、2019年7月1日から実施されています。
遺産相続手続き中でも預貯金の一部払戻しが可能に
この新制度のポイントは、遺産分割前でも、それぞれの相続人が、他の相続人の同意なしに、ひとりで相続預貯金の一部払戻しができる点にあります。
法改正前は、判例(最高裁平成28年12月19日決定)により、相続預貯金は遺産分割が終わるまで相続人による払い戻しができないとされていました。そのため、葬儀費用の支払いや相続債務の返済など、一時的とはいえ相続人が立替の負担を強いられるという問題が生じていました。
今回の法改正により、払戻された相続預貯金の中から葬儀費用の支払いや相続債務の返済などを賄うことができるようになり、こうした問題点が改善されたわけです。
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払戻された預貯金は「遺産分割で取得した財産」とみなされる
この新制度により払戻された預貯金は、払戻しを受けた相続人が「遺産分割によって取得した財産」とみなされます(民法909条の2後段)。
その結果、他の相続人との公平を保つため、預貯金の払戻しを受けた相続人は、払戻された預貯金の金額の分だけ、預貯金以外の相続財産について、もらえる額が減らされることになります。
遺言書があると払戻しできないケースも
相続預貯金について書かれた遺言書がある場合、新制度による払戻しができないケースが出てきます。
たとえば、「預貯金の全部(または一部)をAに与える」という遺言書がある場合、Aに与えられた分の預貯金については、新制度による払戻しができなくなります。
遺言は、それを書いた人(遺言者)が亡くなった時に効力を生じるため(民法985条1項)、遺言者が亡くなると同時に預貯金の全部(または一部)がAのものになってしまうからです。
「預貯金の全部をAに与える」という遺言の場合、遺言者が亡くなると同時に預貯金が全てAのものになってしまうため、新制度による払戻しは1円たりともできなくなります。これに対し「預貯金のうち〇〇円をAに与える」という遺言であれば、Aに与えられる以外の預貯金については、新制度による払戻しが可能です。
相続預貯金を払戻す2つの方法
新制度によって相続預貯金を払戻すには、次の2つの方法があります。
- 金融機関の窓口で払戻しを受ける
- 家庭裁判所の保全処分により払戻しを受ける
金融機関の窓口で払戻しを受ける
各相続人はひとりで、金融機関の窓口で相続預貯金の払戻しを受けることができます。
他の相続人の同意や、裁判所など公の機関での手続は必要ありません。
ただ、払戻しを受けられる金額、払戻しに必要な書類について、次のような決まりがあるので、注意しましょう。
残高の3分の1x法定相続分を家裁の判断なしに払戻し可能
ひとつの口座から払戻しを受けられるのは、次の式で計算された金額までとされています(民法909条の2前段)。
口座にある預貯金残高 × 13 × 払戻しを受ける人の法定相続分
こうした制限を設けるのは、遺産分割前の払戻しはあくまで相続人の負担を減らすための特例であり、葬儀費用や債務返済などに必要な範囲で払戻しを認めれば足りると考えられるからです。
払戻しの上限はひとつの金融機関につき150万円まで
ひとつの金融機関から払い戻しを受けられる金額は、法務省が定めた決まりにより、150万円までとされています。
ひとつの金融機関に2つ以上の口座があっても、払戻せるのは、その金融機関にある全ての口座の残高合計のうち150万円までです。
この150万円の上限は、銀行でいえば、「〇〇銀行」全体での上限です。
「〇〇銀行A支店」「〇〇銀行B支店」それぞれに口座を持っていたとしても、支店ごとの上限でないことに注意しましょう。
こうした上限を設けたのも、払戻しを葬儀や債務返済など急を要する出費の範囲に止めるためとされています。
払戻しには戸籍関係の多くの書類が必要
金融機関の窓口で預貯金の払戻しを受けるには、戸籍関係の多くの書類が必要になります。
銀行の場合、全国銀行協会の案内によれば、次の書類が必要とされています。
- 被相続人の生まれてから亡くなるまでの戸籍および除籍の謄本または全部事項証明書(被相続人によって認知された婚外子など、隠れ相続人がいないかを確かめるための書類)
- 相続人全員の戸籍の謄本または全部事項証明書(被相続人と各相続人との続柄を確かめ、相続人の数を明らかにするための書類)
- 払戻しを受ける人の印鑑登録証明書(払戻し依頼書に押された印鑑が依頼人の登録印鑑であることを証明し、依頼人が払戻しを受ける本人であることを明らかにするための書類)
被相続人の出生から死亡までの戸籍を全てそろえるには、相当の時間と手間がかかります。弁護士など法律専門家の力を借りるのも良い方法かと思われます。
被相続人および相続人分の謄本・全部事項証明書を揃えることで、相続人の数が明らかになり、払戻しを受ける人の法定相続分が割り出され、払戻し上限額が計算されることになります。
これらの書類の他、金融機関によっては、払戻し口座の通帳または預貯金証書なども必要となるので、払戻しを受ける金融機関に事前に確認しましょう。
家庭裁判所の保全処分により払戻しを受ける
各相続人は、他の相続人の同意をもらうことなく、ひとりで、家庭裁判所の保全処分によって、相続預貯金の払戻しを受けることができます。
保全処分とは、判決など裁判所の最終判断を待てないほど急を要する場合、あくまで仮の対処法として、当事者が必要とすることをひとまず行ってもよいと裁判所が認める手続をいいます。
相続預貯金払戻しの保全処分は、遺産分割の調停または審判がまだ終わっていないけれども、葬儀費用の支払いや相続債務の返済など急を要する出費を賄うため、ひとまず相続預貯金の払戻しを認めようというものです。
保全処分申立ては遺産分割の審判または調停と一緒に行う
家庭裁判所から相続預貯金払戻しの保全処分をもらうには、まず保全処分の申立てが必要となるのですが、この申立ては、遺産分割の審判または調停の申立てと一緒に行わなければなりません。
相続預貯金の払戻しは、遺産分割の審判または調停によって分割方法が決まるまでの間における葬儀費用の支払いなどの相続人負担を軽減するための手続であることから、遺産分割の審判または調停と深い関係にあるからです。
払戻し額は申立人の具体的事情に応じて決められる
保全処分による預貯金払戻しの金額は、申立人の収入や生活状況など具体的事情を考えた上で、裁判官によって決められます。金融機関で払戻しを受ける場合と異なり、金額の上限はありません。
払戻しを受けるには裁判官への説得力がカギ
相続預貯金払戻しの保全処分を認めてもらうには、急いで払戻しを受けなければならない事情を家庭裁判所に理解してもらわなければなりません。
家庭裁判所にそうした事情を理解してもらう方法として、次の2つが考えられます。
- 保全処分の申立書に書く
- 保全処分の審理の中で裁判官に伝える。
保全処分の審理の中で裁判官に伝える場合「審理の席で裁判官に話す」「書面(陳述書)にして裁判官に提出する」いずれかの方法を取ることになります。
払戻しを受けなければならない事情は、必ず申立書に書かなくてはなりません。
一方で、審理の席で申立人の話を聞いてもらえるか、書面(陳述書)を提出させてもらえるかどうかは、裁判官によって決められます。
払戻しの保全処分を認めてもらうには、申立書や陳述書の書き方、審理の席での話し方が重要となり、そこでは法律や裁判についての専門知識が求められます。相続預貯金払戻しの保全処分を申し立てる際は、法律や裁判の専門職である弁護士にまず相談してみましょう。
遺産分割前の払戻しを受けるメリット
遺産分割前の相続預貯金払戻しの制度には、次の2つのメリットがあります。
- 葬儀費用や相続人の生活費が賄われる
- 被相続人の借金を返済できる
これまで、払戻された預貯金によって葬儀費用の支払いや相続債務の返済が賄われるというお話をしてきましたが、それらは払戻し新制度のメリットとしてとらえることができます。
葬儀費用や相続人の生活費が賄われる
この払戻し制度を使うと、払戻された預貯金を、被相続人の葬儀費用や相続人の生活費に充てることができます。
葬儀費用の立替をせずに済む
払戻しを受けた預貯金を葬儀費用に充てることにより、喪主や相続人が葬儀費用を立て替えなくて済むことになります。
遺産分割の調停や審判は、最低でも1年かかるといわれています。それまで葬儀費用の支払いを待ってもらうことは、葬儀屋にもよりますが、難しいケースがほとんどです。ひとまず喪主または相続人全員で立て替えなければなりません。
喪主や相続人が懐に余裕のある人だけならよいのですが、中にはそうした余裕がなく葬儀費用の立替分さえ出せない人もいることでしょう。
相続預貯金の払戻しにより葬儀費用が賄われれば、こうした不都合をなくすことができるわけです。
相続人の生活が守られる
相続預貯金の払戻しが受けられれば、預貯金を相続人の生活費に充てることができ、その生活が守られます。
相続人の中には、生活費が足りず、一日も早く相続預貯金を分けてもらいたいと思う人もいるはずです。こうした人にとって、遺産分割の調停や審判が終わるまで相続預貯金を分けてもらえないのはとても酷な話で、最悪の場合、借金地獄におちいる危険さえあります。
払戻された相続預貯金で相続人の生活費が賄われれば、相続人やその家族の生活が守られ、借金地獄におちいる悲劇を見ずに済むのです。
被相続人の借金を返済できる
この払戻し制度の活用により、払戻された預貯金を被相続人が残した借金の返済に充てることができます。
相続人が借金を引き継がざるを得ないケースがある
被相続人が残した借金は、相続人といえども引き継ぎたくないのが普通です。それにもかかわらず、相続人が借金を引き継がざるを得ないケースがあります。
相続放棄をすれば借金を引き継がずに済むのですが、土地や建物といったプラス遺産も引き継げなくなるため、相続放棄ができないケースがあります。
また、限定承認といって、プラス遺産の範囲でのみマイナス遺産を引き継ぎ、相続人の負担を差し引きゼロにする手続もあります。ただ、この手続は、相続関係をややこしくしないために、相続人全員で行わなければなりません。ひとりでも賛同しない相続人がいると、限定承認はできません。
こうして、被相続人が残した借金を相続人が引き継がざるを得ないケースが出てきてしまうわけです。
遺産分割終了を待つと多額の遅延損害金が発生
相続人が借金を引き継がざるを得ないケースにおいて、1年以上かかるといわれる遺産分割の調停や審判が終わるまで借金返済を引き延ばしたとしたら、多額の遅延損害金(借りたお金とは別に、返済が遅れたことにより貸主が被る損害の穴埋めとして借主が支払うお金)が発生し、相続人にのしかかって来ます。
こうしたことにならないよう、相続人はひとまず、自分の財布から借金返済をせざるを得なくなるわけです。
払戻し制度により相続人の財布から借金を返さずに済む
相続預貯金の払戻しを受けられれば、それを被相続人が残した借金の返済に充てることができるため、相続人は自分の財布から借金返済をせずに済むことになります。
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遺産分割前の払戻しを受けるデメリット
相続預貯金の払戻しには、相続放棄との関係でデメリットが生じる場合があるので、注意が必要です。
払戻した預貯金を葬儀費用に使うと相続放棄ができなくなる場合も
払戻した預貯金を葬儀費用に使った場合、払戻しを受けた相続人は相続を承認したものとみなされ(民法921条1号。これを法定単純承認といいます。)、相続放棄ができなくなる場合が出てきます。
とはいえ、被相続人の預貯金を使って本人の葬儀費用を賄うことが、果たして相続人が相続を承認したことにあたるのでしょうか。
この点について、裁判例(大阪高裁決定平成14年7月3日)および専門家の考え方をまとめると、次のようになります。
葬儀費用の額が社会常識の範囲内なら相続放棄も可能
葬儀費用が社会常識に適った金額なら、民法921条1号にいう「相続財産を処分した」ことにはならず、法定単純承認とはなりません。
社会常識に適った金額の葬儀費用は、故人への親類縁者の思いを伝えて葬送する意思の表れにとどまり、プラス・マイナス全ての遺産の相続を受け入れる意思の表れとまではいえないからです。
払戻しを受けた預貯金から社会常識に適った金額の葬儀費用を支出した相続人は、その後でも相続放棄をすることができます。
派手な葬儀、豪勢な使い方をすると「相続財産の処分」とみなされ相続放棄は不可に
これに対し、極端に派手な葬儀をする、精進落としですこぶる豪勢な酒や料理を振る舞うなど、葬儀費用が社会常識を超える金額だと、民法921条1号にいう「相続財産を処分した」ことになり、法定単純承認に当てはまってしまいます。
葬儀費用への出費がこうしたレベルになると、その出費は、故人への親類縁者の思いを伝えて葬送する意思にとどまらず、プラス・マイナス全ての遺産の相続を受け入れる意思の表れとしてまで見ることができるからです。
払戻しを受けた預貯金から社会常識を超えた金額の葬儀費用を支出した相続人は、その後、もはや相続放棄をすることができなくなります。
相続放棄ができないとなると、被相続人が残した莫大な借金を背負わざるを得ない事態にもなりかねません。
払戻した預貯金を葬儀費用に充てる場合、社会常識をふまえた葬儀の金額とするよう心がけましょう。
遺産分割前の預貯金払戻しは相続に詳しい弁護士に相談を
遺産分割前の相続預貯金の払戻し制度は、葬儀費用の支払いや相続債務の返済などの面で、相続人にとってとても役立つ制度です。しかしその反面、いくつかの注意点やデメリットもあります。
デメリットを被ることなく払戻しを受けるには、払戻し制度を含めた相続全般についての法律知識と実務経験がぜひとも必要です。
相続問題に馴染みのない人が、付け焼刃的な知識で事に当たると、思いがけない失敗をして大損を被る危険があります。
飛んだ羽目に陥らないための一番の方法は、相続についての法律知識と実務経験を兼ね備えた専門家の力を借りることです。その専門家こそ、弁護士に他なりません。
遺産分割前の相続預貯金払戻し制度の利用を考えたなら、相続に詳しい弁護士にまず相談しましょう。
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