ひき逃げに遭ったら慰謝料・損害賠償はどうなる?自動車保険は使える?

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佐藤 學(元裁判官、元公証人、元法科大学院教授)

白バイ

ひき逃げされた場合に慰謝料・損害賠償を請求するには

交通事故に遭った場合、自分に非がないからといっても、交通事故で受けた損害は自動的には補償されず、何も対応しないと大きく損してしまうことも考えられます。慰謝料や損害賠償を請求するためには、被害を受けた者が自ら行動を起こさなければならないのです。

さらに、交通事故被害の中でも、ひき逃げの場合、特に注意すべき点がありますので、実際にひき逃げの被害に遭ってしまったときや、今後そのようなことが起こったときなどには、以下のことに気を付けるようにしましょう。

加害者不明にしないことが重要

交通事故に遭った場合には、基本的に加害者に対して慰謝料などの請求を行います。
しかし、問題になるのは、ひき逃げの場合、その加害者がその場からいなくなっているということです。
そのため、被害者の方は、できるだけひき逃げした人物や車両の特徴を覚えるようにし、さらにそのときの状態や周囲の状況なども忘れないようにしなければなりません。

重大な怪我を負ってしまっているような状態だと、そのような余裕はないかもしれませんが、可能であれば相手を逃がさないようにすることが最善です。
それがかなわない場合でも、車両の特徴などを捉えることへの注意が必要となるのです。
原則、交通事故に遭ったときの損害賠償請求は、加害者に対して行われますので、その者の行方が不明になってしまうと、被害者が全額自費で受けた損害を負担しなければならなくなります。

被害者が取るべき基本的な行動

交通事故に遭った場合には、まずは相手がどのような車両に乗っていたのか、少しでも情報が得られるよう、ナンバーをメモしたり、写真を撮ったりするなどして、記録を残すようにすると良いでしょう。
そして警察もすぐに呼びましょう。

また、大きな外傷がなかったとしても、交通事故に遭ったのですから、病院に行って医師の診断を受けることが大切です。
これはご自身の身体のためでもありますが、その後の賠償金等の請求にも関わってきますので、少しでも身体に違和感や痛みがある場合には、特に病院に行くべきでしょう。

病院に行く時点で相手が見つかっていなかったとしても、早期に診断は受けるべきですが、これは交通事故にあった時点から時間が空いてしまうと、傷病との因果関係が否定されてしまうことがあるためです。
つまり、交通事故による損害は加害者に賠償義務があるのですが、交通事故の被害を受けてから長い時間を置いて診断された結果は、本当にその事故によって生じたものなのか証明が難しくなり、請求が認められる可能性が下がってしまうのです。

また、慰謝料についても同様であり、継続的な治療への精神的苦痛は本来であれば加害者に請求できるものです。そのため、病院でしっかりと診てもらうようにしましょう。ちなみに慰謝料は精神への損害補償が目的であるため人によってその金額に大きな差が出てきそうなものですが、実際のところ被害者間の公平という観点から基準が設けられています。裁判で請求の認容をしてもらうのであればこの基準から大きくかけ離れた額の請求は難しくなるでしょう。ただし、交通事故の具体的な内容を勘案して金額は増減されますので、悪質なひき逃げ事件であればそれだけ高い金額で請求ができるようになります。

ただし、通常はいきなり裁判を起こすのではなく、示談によって解決するというのが一般的な流れであり、本人の代わりに加害者が入っている保険会社と交渉をしていくことになります。裁判は、この話し合い等で解決できなかった場合の最終手段として、利用することになるのです。また、示談交渉を弁護士に依頼することで、裁判をした場合に受け取ることのできる慰謝料と同額の慰謝料を示談でも受け取ることができますので、交通事故に強い弁護士に任せると良いでしょう。

ひき逃げに遭ったとき自動車保険は適用できるか

ひき逃げの場合、相手はその場から逃げていますので、請求先が特定できないケースも多くあります。そこで、相手が誰なのか分からない場合に利用できる保険について紹介していきます。

人身傷害補償保険を利用

基本的には前述した通り、相手方が入っている保険会社に請求をしますが、相手が見つからなければどうしようもありません。ただし、自分が加入する保険が利用できるケースがあるのです。そのうちのひとつが「人身傷害補償保険」です。これは、契約車両に乗っている人が死亡し、もしくは傷害を負った場合に、あらかじめ保険契約の内容で定められていた保険金額が保障されるというものです。人身傷害補償保険に加入していると、自損事故の場合、被保険者の過失割合が大きい場合、加害車両が無保険の場合、加害者不明の事故の場合、ひき逃げのように被保険者に過失がない事故の場合、加害者の行方が分からない事故の場合でも、補償を受けることができるようになります。

なお、人身傷害補償保険については、保険会社により約款の規定が異なり、事故日によっても適用される約款が異なるため、当該事案に適用される約款を確認の上で対応する必要があります。

無保険車傷害保険の利用

無保険車傷害保険は、ひき逃げなどで加害者が誰か分からない場合、加害者が保険に無加入である場合などに、被害者が加害者に対して賠償請求をすることができる額を保険金として支払うというものです。これは任意保険の付帯する特約として扱われることが多く、加入によって自動的に結ばれていることもある契約です。

無保険車傷害保険は、ひき逃げや無保険車事故だけに特化したものではなく、相手が任意保険に加入していても保険金額が低いため被った損害が補填しきれない場合などに適用されるものです。任意保険の契約内容によっては、上限金額が設定されていることもあり、被害者が十分な損害賠償を受けられないこともあるからです。さらに、事故が被保険者の故意によるものであれば、保険金を支払わないとする約款もあります。

無保険車傷害保険が人身傷害補償保険と違うのは、契約時に決めた一定の保険金額が支払われるのではなく、相手が本来払うべきであった賠償額を基準に保険金額が定まるということです。ただし、無保険車傷害保険は、被害者の死亡又は後遺障害の発生が支払条件とされているので、注意が必要です。

車両保険の利用

自分の車両にも損害が生じてしまうこともあるでしょう。人身傷害補償保険や無保険車傷害保険では身体的な損害に関する補償であるため、これらに加入していたとしても、車両に対しては適用させることができません。そこで、車両については被害者が車両保険に加入している必要があり、その場合だと、別途契約している保険会社から保険金を受け取ることができるでしょう。

ひき逃げの慰謝料請求が難しい場合の対処法

ひき逃げは加害者が逃げてしまうため、自分の加入している自動車保険内容に頼ることも多くあります。しかし、相手が特定できなければ、自分が自動車保険に加入していない場合は、保険金を受け取れない可能性もあります。

また、相手を特定できたとしても、支払い能力がない可能性があり、この場合は、裁判を起こして支払いを命ずる判決が出たところで、肝心の資力がなければどうしようもありません。そこで、被害を受けた人が政府に助けを求めることも限定的に認められています。

政府から損害の補償を受けられることがある

保険対象外とされる事故や無保険事故などで利用できるのが「政府保障事業」です。これは、自動車保険などから救済が受けられない人を助けるための制度であり、民間の保険会社などから支払いを受ける場合とは異なり、この場合だと政府からお金を受け取ることになります。

ただし、その性質上、個人的に契約をした場合のように手厚い補償が受けられるわけではなく、条件なども厳しく設定されています。どこからも助けが得られない被害者のための最終的な手段として利用できる、最低限の制度であると考えておきましょう。

政府保障事業の特徴

支援される範囲は基本的に法定されている自賠責保険の範囲と似ています。そして利用できるケースは以下のような場合です。

  • 自動車にひき逃げされ、その自動車の保有者が不明な場合
  • 無保険車との交通事故で死亡し、又は怪我を負った場合
  • 盗難、無断運転など、保有者に責任がない自動車との交通事故で死亡し、又は怪我を負った場合

ただし、政府保障事業に対する請求期限には要注意です。

政府保障事業に請求する権利は、傷害については事故の日から、後遺障害については症状固定の日から、死亡の場合は死亡した日から3年で時効となります (自賠法75条)。
また、政府保障事業における損害てん補は、自賠責保険と同じ基準の限度額で支払いが行われるものの、次の点で違っているということには注意しなければなりません。

  • 加害者からは請求できない
  • 支払われた賠償金は、政府が後に加害者に請求する
  • 仮渡金や内払金の請求はできない
  • 被害者に過失があれば、過失割合に応じて損害賠償金が差し引かれること
  • 健康保険、労災保険等の社会保険による怪我治療への給付があれば、その金額が差し引かれること

当然加害者側からの請求はできず、さらに政府が被害者に支払ったお金が後に加害者に請求されるということも特徴的です。この事業は、被害者としては非常にありがたい制度ですが、あくまでも公平な立場のため、双方の過失について考慮されます。そこで過失割合に応じて金額も変わってきます。さらに任意保険等の事故と直接関与する保険だけでなく、健康保険など、別の保険によって給付を受けるとその場合も差し引かれてしまいます。

そのため、任意保険に加入し、人身傷害補償保険や無保険車傷害保険等の利用ができる場合には、原則政府保障事業は利用できません。むしろ任意保険等が利用できるのであれば、そちらを積極的に活用すべきでしょう。

政府保障事業利用の手続き

政府保障事業を利用するためには多くの手続きが必要で、任意保険等よりも被害者の負担はやや大きくなってしまいます。受け取ることができる保険金額の面でも、支払いまでの期間という面でも利便性が高いとは言いにくいのです。実際には支払いまでに数か月から1年近くを要するとされており、場合によっては1年以上かかることもあるようです。

請求の流れを簡単に説明すると、まずは損害保険会社等に請求書類を提出し、これを受けた事業者が損害保険料率算出機構に調査依頼を出します。
損害保険料率算出機構は、請求者の状況を調査し、その結果を国土交通省に報告。
報告を受け、てん補額決定通知が国土交通省から出され実際に支払われる、という流れになっています。

請求をする方は、請求書はもちろん、印鑑登録証明書や交通事故証明書、戸籍謄本など、他にも必要に応じて多くの書類を用意しなければなりません。例えば、怪我等の診断書や、後遺障害がある場合には後遺障害診断書、死亡の場合には死亡診断書、そして診療報酬明細書も併せて必要になってくるでしょう。治療に当たり交通費がかかることも考えられますので、その明細を作成しておくことも請求のために重要になってきます。事故によって休業せざるを得なくなったのであれば、休業損害証明書も必要です。

請求のために、これだけさまざまな書類を用意しなければならないのは、請求者にとって大きな負担となります。しかも、その書類の発行元がばらばらで、印鑑登録証明書や戸籍謄本などであれば、市区町村で発行手続きを取らなくてはならず、交通事故証明書であれば自動車安全運転センター、診断書等は当然病院、請求者本人が作成しなければならない明細書もあります。

何を用意しなければいけないのか、そしてどのように作成し、どこで発行してもらえるのかなど、基本的には自分ですべて調べなければなりません。請求をしてからも長い期間を要しますので、少しでもスムーズに支払いを受けられるよう弁護士など、専門家に相談をしてみましょう。

ひき逃げ事件の現状

現在、ひき逃げ事件がどれほど起こっているのか、検挙率はどれほどなのかということを紹介していきます。さらに、ひき逃げを起こした加害者に対する処罰の内容や運転者に課せられる法定の義務などにも触れていきます。

事故件数は減少

令和元年版犯罪白書によると、平成30年におけるひき逃げ事件は8,357件発生しており、そのうちの死亡事故は128件、重傷事故は867件、軽傷事故は7,362件です。
ちなみに、「重傷」は交通事故による負傷の治療を要する期間が1か月(30日)以上のもの、「軽傷」は1か月(30日)未満のものをいいます。

同年度の交通事故の発生件数は40万0,601件ですので、全体のうち2.1%がひき逃げ事件であると分かります。
割合としてはそれほど多く感じないかもしれませんが、年間で8,000件以上もひき逃げ事件が起こっているため、いつ自分の身に起こってもおかしくはありません。

ただし、過去のデータを見てみると、ひき逃げ事件は全体の発生件数と同様の増減が見られます。
平成期では平成16年の2万0,283件がひき逃げ事件のピークです。
同年のひき逃げ事件のうち、死亡事故は294件、重傷事故は1,408件、軽傷事故は1万8,581件と、多くの被害が発生してしまいました。
ひき逃げ事件の件数は、その後、徐々に減少をして、約10年間で半分以下にまで減っているため、少しずつではありますが状況は良くなっているのかもしれません。

ただ、平成29年におけるひき逃げ事件は、発生件数8,283件、死亡事故113件、重傷事故854件、軽傷事故7,316件でしたが、平成30年にはいずれも増加していることに、注意が必要です。

ひき逃げ事件の検挙率は上昇

それでは、ひき逃げ事件の検挙率を見てみましょう。

ひき逃げ事件の全検挙率は、平成元年以降おおむね横ばい状態でしたが、平成8年から低下し続け、平成16年には平成期最低の25.9%を記録したものの、翌年からは上昇を続けています。死亡事故に限った場合、検挙率は、統計の存在する平成4年以降、おおむね90%を超える高水準で推移しています。

ちなみに、上記に示した最近2年の検挙率を見てみますと、死亡事故検挙率は平成29年100%、平成30年97.7%、重傷事故検挙率は平成29年74.7%、平成30年75.5%、全検挙率は平成29年58.4%、平成30年60.8%となっています。

ひき逃げ事件では、証拠が少なく、捜査も難しいという背景がありますが、防犯カメラの設置やドライブレコーダーを使用する人も増えてきているため、検挙率の向上は今後見込めるでしょう。

加害者への処罰

ひき逃げは犯罪行為であり、法律で定められている救護義務と報告義務、危険防止の措置を行わなかった場合に該当します。交通事故を起こしたことに加え、交通事故を起こした加害者が行うべき救護活動等を放棄して逃走してしまっており、後に検挙されると重い罪を背負うことになります。

一方で、ひき逃げを受けた者は、事故の加害者が本来支払うべき損害賠償の請求先が分からないという事態に陥ってしまいます。重大なひき逃げ事件の検挙率は高いものの、被害者はすぐに治療費などが必要となる場合が考えられ、このときに加害者不明だとその後の生活にも支障をきたしてしまいます。任意保険等の利用や政府の保障事業などを利用することで損害賠償を受けることはできるかもしれませんが、大きな負担を強いられます。

運転する車が、道路の状況や天候なども関係して通行人に接触したと気が付かないこともあるかもしれませんが、中には、事故を知りつつ、飲酒運転をしていたことを隠すためにも、現場からいったん逃走し酔いが醒めてからの出頭、という悪質なケースもあります。いずれにせよ、正しい救護措置を行っていれば助けられた命が、逃走したことで失われてしまうこともあるケースなので、処罰は厳しいものとなっています。この救護措置についても法定されており、道路交通法72条では運転者の義務を以下のように規定しています。

道路交通法72条
交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。

つまり、交通事故を起こしてしまった加害者はすぐに運転を止め、負傷者を救護、危険を防止する措置を行ったうえで警察に通報をしなければならないのです。

ひき逃げの慰謝料請求は弁護士に相談!

ひき逃げに遭ったとしても、他の交通事故と同じように、被害者は加害者に対して慰謝料・損害賠償の請求をするのが原則です。ただし、加害者は逃げてしまっているため、まずはその者を特定できるよう車両等の特徴を記録することが重要になってきます。

怪我をしてしまって記憶することも難しいかと思いますが、自身が保険に加入していれば「人身傷害補償保険」「無保険車傷害保険」などから保険金を受け取ることもできます。さらに、これらの利用ができない場合でも、政府保障事業の支援を受けることができるかもしれません。

具体的にどのような手続きが必要になるのか、また必要書類等の準備に関して不安があるという方は、専門家である弁護士に相談してみると良いでしょう。また、弁護士にはそれぞれ得意分野がありますので、依頼をするときには「交通事故に強い弁護士」を選ぶことをおすすめします。

交通事故に強い【おすすめ】の弁護士に相談

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